まず結論をいう.木下是雄「理科系の作文技術」は1981年初版という古い本ではあるが,その内容はいまだ衰えてはいない.また,「理科系の〜」と題されているとはいえ,日本の大学に通う学生諸君は「文科系・理科系にかかわらず」一度は目を通す価値があるだろう.いや,一読といわず何度でも精読することを強くオススメする.
ただし,やはり35年以上の歳月を経て,その記述が現在の事情とミスマッチを起こしている部分もある.私がいま手にしている書籍は1996年に増刷された38刷(!)のものであるが,その時点での状況を考慮しても,残念ながら,適切なアップデートがなされていない(注1).というわけで,本稿では,私が気になった「読み替えるべき」あるいは「現代の事情を他書で補足すべき」箇所を指摘しておきたい.
なお,個別の記述を指摘する前に,大きく何が違っているかを示しておこう.それは,ワードプロセッサあるいはプレゼンテーションソフトの活用にまったく触れていない点である.というよりも,原稿用紙に手書きで執筆する,OHPやスライド(注2)を用いてプレゼンテーションを行う,という状況が前提とされており,さすがにいささか時代遅れの誹りは免れまい.
では,私が少し気になった箇所を以下に指摘する.
- 「2.3.3 長さの制限」… 原稿用紙何枚という数え方,さらには,英文のワードカウント法に言及している.しかし,さすがに今は原稿用紙に書きつけるやり方は少数派ではないか?ワードカウントにしても,概算の方法が紹介されているが,いまではワープロが自動で勘定してくれるので,概算する意味がない.
- 「3.5.1 構成表を作るやり方」 … ここで紹介されている文書構成法は,今なら「マインドマップ使え」の一言で置き換えられるであろう.
- 「9.5.1 原稿用紙の使い方」 … ワープロの使い方に置き換えられるべき説明.「9.5 原稿の書き方」の節をまるごとアップデートする必要があるかもしれない.ただし「表9.10 校正記号」などは,いまでも多用する重要な情報を提供してくれているので,総じて古臭くなっているというわけではないが.
- 「11.3 スライドの原稿」 … これも,プレゼンテーションソフトに取って代わられた話.もっとも,そのままプレゼンスライドの作り方に読み替えることはできなくもない.
ざっと見直しただけなので,他にもあるかもしれない.しかし,このようなことに気をつけて読めば,それ以上の情報を与えてくれる良書である.以下,結論に代えて本書の評価について再度コメントしておこう.「理科系の作文技術」で解説されている多くの文章作法および関連する話題は,未だに示唆に富む内容を含んでいる.学生諸君だけでなく若手社会人の皆様,あるいは,文書作成に自信のない中高年の皆様にも,お勧めしたい書籍である.
- 注1: まあ,木下氏はその時点で79歳というご高齢であり,改訂を求めるのは酷というものであろう.
- 注2: ここでいう「スライド」とは,今日の「プレゼンテーションソフトで作成するスライド」ではなく,ポジフィルムによるスライド映写のことである.ポジフィルムによるスライドとは何かわからない人は,ググってみてください(手抜き).